JGC日曜礼拝

JGCでは新型コロナウイルスの感染防止の為、本日もウエブでの礼拝を持ちました。

普段参加できない遠方の仲間も参加することができました。

この後もできるだけおうちで楽しい休日をお過ごしください〜!

【本日のメッセージ】

「生きる“三蜜”対策」    坂本牧裕 牧師

隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。(マタイ6章6節)
あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。(詩篇119篇103節)

人はなぜ祈るのか?試験、スポーツの試合、病気、けが、様々なシチュエーションで祈ります。聖書には「絶えず祈りなさい」と記されており、祈ることは神様のみこころです。そのためイエスさまは、祈るとは何かを教えてくれました。

1.一人で祈る
偽善者と呼ばれる、律法学者、パリサイ人と呼ばれる人たちは、人々に見えるように、会堂や大通りで祈ることが好きでした。あえて、人が集まるところにいって、「祈ってますよ」アピールをしていました。祈りの目的が、立派な祈りしている自分を認めてもらうためでした。だから、イエスさまは、こうした見せかけの祈りを偽善であり、偽善的にならないために「自分の家に入りなさい。戸をしめて祈りなさい」と具体的な方法を教えてくれました。
3密を避けたところで、隠れたところで、一人で祈ることが大切なのです。

2.心を注いで祈る
    隠れた所で、一人で祈るときは、周りを気にせず、時間を気にせず、神様にだけ心を向けることができる祈りとなります。しかし様々な葛藤を心の奥底に持つ私たちは、なかなか自分のことをさらけ出すことができません。
    でも、私たちは、思い出さなければならないことがあります。それは、私たちのために、十字架の上で命をささげてくださり、受け止めてくださったイエスさまがおられるということ。だから、私たちは、心を注ぎだして祈ることができるのです。
三密をさけるべき今だからこそ、「蜜閉」ひとりで隠れたところで祈り、「蜜集」蜜より甘いみことばを蓄え、「蜜接」蜜よりも甘いイエスさまとの関係を育み、隠れた所で見ておられる神さまに向かって、一人心を注いで祈ることが私たちに求められているのです。